来年から再来年に向けて、ドイツー日本、イギリスー日本での展覧会を企画するため、ベルリン、ハンブルグ、バーミンガム、ストーク、マンチェスターと5つの都市を2週間で巡った。

旅はベルリンから。ベルリン在住のアーティストMark Walker さんの案内でギャラリーを見てまわる。まず、ギャラリーの数が非常に多く、アートシーンの層の厚さに驚く。どのギャラリーも日本では考えられないくらいにスペースが大きく、それに合わせて作品も大きい。展覧会としては、20近いギャラリーに足を運んだのだけど、コンテンポラリーで、コンセプチュアルなインスタレーションが多く、その次に写真、シンプルなドローイングやペインティングの展覧会は2つだけしかなかった。日本で、ギャラリーに足を運ぶとドローイングやペインティングの展覧会がほとんどで、作品を観て「?」が浮かぶ事はまずない。ほとんどの場合、その作品が何であるのか、どんな事を表現しているのかというのを、何となく感じ取れる。しかし、ベルリンでは、どの展覧会も「?」だらけだった。どの会場にも、英語のステイトメントも用意されているので、時間をかければそのコンセプトなどを少し理解する事が出来るのだけど、でも、だから何なのだ?という、感触が強く残った。その「?」こそが大切にされ、尊重されているようにも感じて、その懐の深さに嫉妬のようなものも感じた。俺は俺、お前はお前で良いじゃん、人は誰しも全く違うし、でも俺もお前も大して変わらないだろう。そんな共通理解があるのではないだろうか。

かなりの、ギャラリーを巡ったのだけど、その中で手元に資料があるところだけ、リンクを貼っておく。何かの参考に。
SUPPORTICO LOPEZ
Galerie Judin
FUTURE GALLERY
TANYA LEIGHTON
Blain|Southern
Loock Galerie
EXILE GALLERY

そして、ベルリンでの最大のミッションはアートスペースZK/Uの視察と打ち合わせ。ZK/Uのあるモアビットというエリアはかつては工業地帯として栄えたエリア。現在イベントスペースや、レジデンスルームとなっているのは、貨物列車の操車場として使われていた場所だ。やはり、ここもスペースが広大で設備も非常に整っている。共用のキッチンや、ライブラリー、会議室も用意されていて、レジデンスのアーティスト同士や、スタッフらが緩やかに繋がれる様にとてもうまく設計されている。さてここで、どんな事が出来るのかだけど、ここのスタッフと話をしていると、現代のアーティストにとって、住む場所は遠く離れていても、抱える課題や悩みは似通っているのだなと思った。一つの地域、例えば日本だけ大阪だけとか限定していくと、自分の存在し得るコミュニティはごく少数派で、無力な事を実感するけれど、こうやって遠く離れた場所にまで目を向けると、そこにはまだまだ大きな可能性が広がっている。

ベルリンの街は歩いているだけでとても興味深い。新旧、東西、様々な文化が幾重にも折り重なって、歴史の重みを感じる。滞在したGlunewaldという場所も、第二次世界大戦中に、ナチスによって5万人以上ものユダヤ人がここの駅から強制収用所へと送られて行ったらしい。中心部にある、ブランデンブルグ門や、ホロコースト慰霊碑、ポツダム広場のベルリンの壁と、街のどこを歩いていても過去の暗い影を感じずにはいられない。

そんなベルリンの、Komische Oper Berlin で観たPetruschka は筆舌に尽くし難いパフォーマンスだった。ロシアバレエ団によって、パリのシャトレ座で初演となったのが、1911年。100年の後ベルリンで、こんなPetruschkaが公演されるなど、ストラビンスキーの想像も及ばなかったに違いない。3名のダンサーとアニメーション、それと三管編成のオーケストラ。ダンサーの動きとアニメーションの動きの境界を混ぜ合わせる様なとても丁寧な演奏で、三者が分かち難く結びついていた。そしてその渾然一体となった舞台が、ヨーロッパの長い歴史の上で、しっかりと根を張り枝を伸ばし存在し得る事を感じさせられた。まさにこれは今のベルリンの姿なのだろう。最高の純度で研ぎ澄まされた芸術は、エンターテイメントとしても成立する事を久しぶりに思い出した。僕が日本人として、これから芸術に関わって行く上で、一体どんなものを生み出す事が出来るのか、そんな事を考えないわけにはいかないぐらいに打ちのめされた。

(追記)
色々とこの記事を書きながら調べていて、後から知ったのだけど、去年の12月ベルリンのクリスマスマーケットにトラックが突っ込むというテロがあったのは、あのカイザーウィルヘルム教会そばのマーケットだったのか。今年も、とても賑やかなマーケットが出ていた。写真を撮っていたけど全く気づかなかった。ベルリンの街は本当に色んな人たちが居て、旅行者である僕もすっと街に溶け込む事ができたし、落ち着くな、と思っていたのだけど。多様な社会には色々な側面がある。