2013年に企画した展覧会「に じゅう ら せん」のプレビュー。

確か、昨年の11月だったと思います。10月にギャラリー運営をやめ、それでもいくつかの音楽のイベントを立て続けにやっていた時に、池田市で家ieというギャラリーを運営されている和美さんに声をかけてもらいました。4月ぐらいに展覧会をやりませんか?と。ただ、その時は月夜と少年(とは言え妻が一人でせっせこ作っていたのですが、、、)で制作している額縁の展覧会を、という話でした。しかし、スペースを持たなくなってからは、マンションの一室である自宅がアトリエとなり事務所となったので、以前の様な額縁を作ったりという木工は出来なくなってしまいました。そしたら、何と奇特なお方か、和美さんから、そしたら月夜と少年企画で好きな事をやって下さい、4月の家ieを月夜と少年でジャックしちゃって下さい、とまで言って頂いたのです。本当に有り難い話です。大して知名度も無く集客力も無く、ましてやギャラリースペースまでも閉鎖し、企画・制作のクリエイティブユニット、移動式の月夜と少年だ、何て言ってみたところで少しのステイタスも無い一体何が出て来るのかも全く分からない、はっきり言って不安しか思い当たらない様な僕等に声を掛けてくれるなんて。

これはもう、気合いを入れて望まねば、月夜と少年にしか出来ない、ドドーンと一発凄いのを、、、とか、考えれば考える程気合いは空回りして、年を越えて2013年になっても全くはっきりとした内容は決まらずにいました。展覧会とは何ぞや?ギャラリーとは何ぞや?アートとは何ぞや?そもそも僕等が企画をする意味なんてあるのか?と、どんどんドツボにはまって行くばかり、時間ばかりが過ぎていくのでした。それで、1月の半ば頃だったか打ち合わせと称して和美さんを自宅に招き、色々と話をしていて、月夜と少年の企画でどんな物を見たいですか?という様な質問をしたら、間髪入れずに、何でも大丈夫です、おまかせします、吉田さんのやりたい事をやって下さいと。それで、ふと、そうかと思ったのです。アートの意味とか、ギャラリーの存在意義とか、未来に繋がるとか、難しい事は考えずに、今自分の見たい人達の展覧会をしようと思いました。今会いたい人の展覧会をやろうと思いました。

それでもいろいろと、企画が固まるまでのモヤモヤしていた時期から一貫して思っていた事はいくつかあって、大阪ではなかなか見る機会の無い作家であるとか、家ie にはあまりマッチしない作品を家ie で見てみたいとか、とにかく、よく分からない、見ただけでは何でこの展覧会が家ie でやっているのかと、「?」が残る様な展覧会をしたいと思っていました。しかもその「?」が強烈であれば強烈である程良いなと思っていました。

ここ数年、この日本では”空気を読む”という意識が強くなり過ぎていると思っています。相手の心地良い様にというだけだったらまだ良いのですが、誰かに迷惑をかけない様にとか、自分だけこんな事をするのは和を乱してしまうとか、皆頑張ってるんだ自分も我慢しようとか。そういう想いが僕には息苦しくて堪らない事があります。好きにしろよと、人の喜びを邪魔すんなよと、発狂しそうになる時があります。そして、そういった物から自由だと思っていたアートと呼ばれる物でさえ何だか息苦しい様な状況を感じていました。あそこのギャラリーはあんな雰囲気だし、この作品を並べたらきっと映えるよね、あの人の作品はあそこにも合うだろうね、うんうん。そして、会場に足を運んでみて、あぁ素敵だったなぁ、やっぱり良い展覧会だったなぁ、と思う事ばかりです。良いんだけど、何というか期待値の範囲内、そんなに良いと思わなくても、想定の範囲内というか。勝手な想像でしかありませんが、ギャラリー側もきっとこの作家の展覧会はウチに合うとか、作家にしても、この場所でこういう作品をこういう風に飾れば、きっと良く見える、という様な事をかなり考えてやってるんだろうな、と思うのです。それは、はっきり言って、何の問題もないのですが、というかそれはセルフマネジメントが出来ていて、良い事だとされていると思うのです。でも、僕はそういう所にどうしても居心地の悪さの様な物を感じてしまいます。

この世の中には自分に理解の出来る物ばかりではないし、価値の付けられる物ばかりが存在している訳ではないと思うのです。見たくない物だって存在するし、受け入れたくない事実だってあるし、気の合わない人だって居るし、知らない事だって一杯あると思うんです。そういう自分にとっては未知なる感覚とか、共有しにくい意識とかの存在の重さを計る、言わば重石の様な存在として芸術ってあるんじゃないかとも思ったりするのです。自分に理解し得る物だけを自分のまわりに並べて安心してしまうのではなく、自分の理解し得ない物事に対峙する為にポケットの中で握りしめておく為の石として、芸術と関わって行きたいと思うのです。

そして、今回2名(1人と1組のアートユニット)の作家を、【 に じゅう ら せん 】という展覧会で紹介しようと思います。1人は安部貴住という作家です。一貫してcirculate (循環) というテーマのもと作品制作を行っています。雨や風、光等自然現象を取り込んだ立体作品や、森のドローイング等をこれ迄に発表しています。月夜と少年でも過去に展覧会をやってもらっています。現在は関東に拠点を移していますが、福岡で長くart space tetra というオルタナティブスペースの代表をされていました。そして、もう1組はもうひとり(小野環+三上清仁)という尾道を拠点に活動するアートユニットです。彼らは、建築物や物の存在を抽出して、別の空間に移すという様な事をしています。例えば、尾道に点在する空家の外壁を写し取り、別の場所の空間で再現、再構築するという様な作品を作っています。そして、彼らもまた、尾道で光明寺會舘というオルタナティブスペースを運営されています。何にしろ、ここで文章にして、彼らの作品を説明するのはとても難しいです。さらに言えば、彼らの作品を目にしてもちゃんと説明する自信はありません。でも、僕はそれで構わないだろうと思っています。不可思議なオブジェクトとして、未知なる存在として彼らの作品を見つめながら、僕の知らない世界の話を彼らから沢山聞きたいと思います。