これまでに買った本の中で書かれている事がほとんど理解出来なかった物。人の書評を読んだり、本の解説や帯、紹介文なんかも見て、これはとても面白そうと思って買ったんだけど、なかなか理解出来ない。そもそもこの手の本って、日本語訳の言葉自体がもう難しい。これまでに、何度も手に取っては少し読み、そして諦めるというのを繰り返している。そもそも、僕には哲学にしろ科学にしろ文学にしろベースとなる知識が無さ過ぎる。中学と高校でもう少しまともに勉強しておくんだったと思ってみたところでどうする事も出来ない訳で、これからの人生で少しずつ独力で学んでいくより他はない。いつか、ここに書かれている事を読み通せたら、見える世界も少し変わったりするんじゃないだろうかと思わせてくれる、そんな何かがあるのは分かる。

ノーベル化学賞を受賞した物理化学者のプリゴジンと新進の女性科学史家のスタンジェールによる共著。

人口爆発の結果、人間社会の構造に対する科学的概念も、自然に対する科学的概念も、ともに深遠な変化を遂げる時期にあるということは特筆に値する。その結果、人間と自然の間、および人間と人間の間に、新しい関係が必要となった。われわれはもはや科学的価値と倫理的価値との、古い先天的な区別を受け入れることはできない。

本書の最後の章に書かれている言葉。本当にそうだよなぁと思う。彼がそう思うに至った研究の中身がしっかりと書かれているはずなのだけれど、、、

いつだったか、友人の文化人類学者に薦められたベルクソン。ベルクソンは哲学の専門用語を避け出来るだけ、普段使っている言葉で文章を書いていて、その朗読をフランス語を知らない人が聴けば、恋人に愛を囁いているのかと思う程美しい、とあとがきには書かれているけれど、それが、この日本語訳に迄は伝わっていないのではないか。

探求や、さらに知性を眠り込ませるには、カテゴリー化に勝るものはない。例えばある文学作品とか短編作品とか幻想文学と決めつけることは、これこそ怠惰に身をゆだねる事である、つまり、大なり小なり分類ということは抽斗や寝室のなかで眠り込むことなのだ。ところが、想像力の目覚めは絶えず先触れの役割を演ずるものだが、時には想像力が発見の光に先立つことがある。理性の次元においてだって、狂気が新しいものを発見するということが起こるのだ。

毎回ちょっと取り出して読んでみては、あ、いけるかもと思うのだけど、これを読み切る集中力が続かない。話が哲学、数学、物理学、生物学、人類学、宗教学、文学と本当に百科事典の様に何でも出てくる。面白い話が一杯出て来るのだけど、読み切れない。

戦争とならんで現代史を色濃く特徴づける革命とはいったい何だろうか?社会問題の解決がその目的だろうか?革命によって生まれた政治体はなぜ安定した永続性をもたなかったのか?その意義は果たして過去のものとなったのだろうか?

本書解説に書かれていた問いを見い出すまで、この本を読む事が出来なかった。今回あげた6冊のうちで最も理解出来なかった1冊。アメリカとヨーロッパ(特にフランス)の政治史がもうちょっと分かっていないとこの本には全く歯がたたない。

詩って、他の言葉で説明する様な類いの物では無いのだろうけど、それでも、やっぱり分からない。詩という物全般が僕にとっては他の物より遠い場所にある。そう言えば、この本の訳者である鈴木創士さんの話は面白かったなぁ。一度鈴木さんにランボーの事を詳しく聞いてみたい。

現代音楽の双璧、シェーンベルクとストラヴィンスキーの評論。