2014年も始まって、日々があっと言う間に流れていきます。今更ながら2013年が自分にとってどんな年だったのかというのを、読んで記憶に残った本とともに振り返っておこうと思います。


昔から沢木耕太郎の書くノンフィクションが好きだ。この新作は、昨年亡くなった藤圭子に著者が30数年前に行ったインタビューを纏めた物。引退を決意し た藤圭子と都内のバーで二人してウォッカ・トニックを飲みながら話は進んでいく。二人の会話だけで構成されていて、藤圭子の透明で硬質な美しさがとても良 く現されている。
昨年の後半から、色んな人に会ってインタビューをして記事を書く仕事が急に増えた。その頃にこの本を読んで、いつか自分もこんな仕事をしたいなと、そう遠くない未来の事を思い描いてみた。

かの谷崎潤一郎氏が、如何に文章を書けば良いかというのを示してくれている。彼曰く「文章には実用的と芸術的の区別はない」であって、とにかく読みやす く分かり易い文章が良いのだと。そして記憶に残る文章というのが良いのだと。他にも沢山ためになる事が書いてあった。文章を書く事が増え、これから何度も 折に触れ読み返したいと思っている。美しい言葉の本を沢山読んで、美しい言葉を書き残したい。

昨年の4月に大阪は池田市にある家ieというギャラリーで展覧会を企画させてもらった。それは、2012年の10月にギャラリーとしての場所を閉め、特 定の場所を持つ事を止めてから初めての展覧会だった。安部貴住ともうひとり(小野環+三上清仁)という二組の作家を招き「に じゅう ら せん」というタイトルのもと、二週間強の会期で開催された。過去に掲載したブログの記事に 詳しく書いてあるので、ここでは省かせてもらうが、一見してよく分からない「?」が残る展覧会にしたいという当初のコンセプト通り、何だか不思議な展覧会 になったと思う。分かり易くはない展覧会にしたいと思い、結果そうなったのだから何も問題は無いのだろうけど、少しばかり消化不良の様な感覚も残った。展 覧会を企画していた当初から、この展覧会を見た人が、例えば数年後、数十年後にどこかで、ふと「あ、あの時そう言えば何か面白い物を観たな。あれはそうい う事だったのか。」と、未来の個人的な出来事とリンクしてくれたらという思いがあった。果たして、その思いが叶えられたかどうかは、現段階では分からな い。だけど、どこかで、もう少しあの展覧会を突っ込んで、僕自身がもっと熱中出来るものに出来たんじゃないかとも思う。
そして、このハンス・ウルリッヒ・オブリストという類い稀なる現代アートのキュレーターが、11人の先達にインタビューしたものをまとめたのが、本書 キュレーションである。僕がこれまで現代アートに関して、いやそれよりも美術に関して如何に無知なままギャラリーを運営してきたのかを痛感した。本書に出 て来るキュレーター、アーティスト、展覧会の事など、ほとんど僕は何も知らない事ばかりだったのだけれど、それでもそれぞれがアートに注いだ熱い想いを感 じた。これから僕自身が関わる仕事について、どれだけ自分の熱を伝えていく事が出来るか、そして何よりももっとアートの事を好きにになりたいと思った。

平野啓一郎。1975年生まれの作家だ。何故か今迄あまり同世代の作家を読んで来なかった。彼が芥川賞を受賞した時も話題になったし、著作を手に取る機 会は幾らでもあった気がするけど、初めて彼の小説を読んでみた。以前からツイッター等で彼が、「分人」という考え方を提唱していて、その事が気になってい たのだ。死んだはずの、徹生という主人公である男がある日生き返る所から物語が始まる。自分は何故死んだのかという事を探りながら物語が進む。彼はその中 で自分が自殺をしていた事を知る。
日本では、内閣府の発表で年間約3万人ちかくの人が自殺をしている。ただ、日本には年間で15万人ほどの変死者がいてWHOの基準で統計をとると年間で 10万人近い人が自殺をしている事になる。2003年から2011年までの間に、イラクの戦争で亡くなったイラク市民の数は約10万人だと言われている。 現在、日本は一応対外的な戦争を行っていない事になっている。しかし、日本は日本の国内で、日本人は日本人それぞれの個人の中で戦争にも似た苛烈な状況に あるのではないか。
この小説の中である一つの考え方が示される。それは「分人」という考え方。ここでは、個人や人格を核のある一つのモノとして捉えるのではなく、対人ごと にそれぞれの分人を持っていると説明されている。例えば自分の妻に対する分人、自分の会社の上司に対する分人、自分の親しい友人に対する分人。それらは全 て違うし、違って良いのだと言う。「個性とは唯一不変の核のようなものではない。どういう比率でどういう分人を抱えているかというバランスだ。5年前の自 分と今の自分が違うとすれば、つきあう相手が変わって分人の構成比率が変わるからだ。」自分まるごとを愛するのは難しいかもしれないけど、例えば自分の愛 する人といる時の自分は好きだと言うのはそう難しい事ではない。例えば妻と一緒に過ごしている時の分人を足場に生きていけば良いのではないか。
そんな事が書いてあって、これからどんな風にして生きて行こうか、どんな風にして自分の仕事をしていこうかと、モヤモヤしていた時におおいに励まされ た。自分が一緒にいて心地よい、いきいきとした気分になれる、そんな人と出来るだけ多くの時間を共有する様にすれば良いんだと思った。ただそれだけの事な のだ。

2011年3月11日以降、僕の思考にはいつも原発の影から延びる薄い闇が潜んでいる気がする。本書は池澤夏樹氏が1990年から1993年にかけて文 芸誌で連載していたエッセイをまとめた物なので、20年も前から彼は警告を発していた事になる。大多数の人たちはその警告を知らなかったか、もしくは知ら ぬフリを決め込んで、全てをごまかし生きてきた結果、原発は爆発し、かりそめの平穏な日々は吹っ飛んでしまった。そんな今となっては、冒頭に書かれた「核 と暮らす日々」はまるで黙示録だ。
もうすぐ、あれから3年が経つ。芸術と音楽があって、ある程度親しい仲間と、それなりに楽しく過ごせたらそれで良いと思う自分と、僕に出来る事は何か、僕が今抵抗しなければならない事は何かと、そんなふうに思う自分。半ば分裂した様な気分は今も変わらない。

他には、こんな本を読んでいました。幾つか印象に残った本を。

科学的な思考と哲学的な思考の交わる所が気になっていたらしい。そんな本が数冊。
寺田寅彦随筆集 (第1巻) (岩波文庫)
雪 (岩波文庫)
哲学ファンタジー:パズル・パラドックス・ロジック (ちくま学芸文庫)
創造的進化 (ちくま学芸文庫)
反哲学入門 (新潮文庫)
「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)
この人を見よ (岩波文庫)

小説はやっぱりなかなか読まない。その中で何故か幻想的な文学に惹かれた一年だった。
ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語 (Zoran Zivkovic’s Impossible Stories)
ペドロ・パラモ (岩波文庫)
上林暁傑作小説集『星を撒いた街』

そして、やっぱり戒めの様に手に取る、闇を巡るルポタージュ。
夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録
チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1