藤田陽介



藤田陽介は、2011年3月(東日本大震災前)に神奈川県の相模原市、山梨県との県境に位置する山間の集落にパートナーであるアーティストのいしわためぐみと共に移住している。2013年からは多彩なゲストを招いて、築100年を超える自宅でパフォーマンスイベントを定期的に開催している。

東京の都心から電車で1時間半程で藤野駅に到着する。数日前に降った雪が結構残っていて、随分遠くまで来たような感覚になる。山間の集落で、こんな場所が少し電車に乗ればあるのかと、少し驚いた。毎日通うとなれば少し大変かもしれないが、都心までそんなに不便も無いだろう。

今回は車で迎えに来てもらったが、駅からも歩ける場所に、大きな日本家屋の自宅兼アトリエがある。冬で作物はあまり無かったが、自然農法をやっている山の上の畑も見せてもらったり、藤野での暮らしと制作の話を沢山聞かせてもらった。



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都会から離れて住処を探す

パートナーと一緒に暮らす事を考えていて、場所を探していた。それぞれの家族の事情もあって関東圏というのは決まっていて、東京には仕事で行かなければならない事があるので、東京に通えるギリギリの範囲で都心から出来るだけ離れた場所、という条件で探していた。畑をやりたかったというのもあるし、とにかく都心に住むという選択はなかった。

まず、地図を広げる。地図を見ていると、ここが山でとか地形とか雰囲気が分かる。それで大体の目星を付けて集落に入っていって空き家を探す。空き家が見つかったら近所の人に聞いて持ち主を探す。集落によって対応が全然違うんだけど、大抵は怪しまれる。車でいろんな所をぐるぐる回ったけど、車で入っていっただけで怪しまれる所もあった。

でも、ここの藤野は対応が全然違った。外側に開いている感じで、人の表情も全然違った。外から来る人に対して慣れていたのもあるとは思うけど、それまでに、他の場所では結構冷たい対応も受けていたから、それだけで良いなと思ってしまった。たまたま空き家も何件か見つけられたし、都内へのアクセスも良かった。

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納得の出来る生活がどこにあるのか

ここに来て一番大きく変わったのは、まず時間が出来た事。何かクリエイションをする人にとっては重要な要素の一つだと思う。都会だとお金がたくさんかかる。お金を稼がなくちゃならないから、そこに時間を割かなくちゃならない。回転も早いしそこに乗っからなくちゃならない。そうすると落ち着いて自分のクリエイションをする時間を確保するのが難しくなってくる。家賃が安いというのは大きいよね。ここは35,000円で畑付きだから。

あとこれはたまたまなんだけど、うちは山水で生活している。この辺りでも県水と併用してたりという人はいるんだけど、山水だけっていうのは珍しい。お金の問題で、別にそれをやりたくてやったわけではないんだけど、それが凄く良かった。雨が少ないとやっぱり山から湧く水も少なくなってピンチなわけ。それが目視出来る。雨が降らない日が続くと、雨が凄く嬉しい。台風とかでも、台風で助かったっていう感覚。こういう環境でなければ、雨を待ち望むなんて無いでしょ。でも、それって生きていくうえで本来は普通のことなんだよね。

山水のことにしても、こういう田舎で暮らすこととも繋がっていると思うんだけど、当たり前のことにたまにもの凄く感動する時がある。雨が降ることとか、普通とされていることを、物凄く特別なことに感じる時がある。

都会のインフラとかって謎だらけでしょ。蛇口を捻ったら水が出るという公式があって、それに当てはめて生活をしてはいるけど、蛇口まで水がどういう風に来ているかっていうのが全く見えない。もうこれは性格の問題としか言えないんだけど、そういうことが納得出来ない。ここだと、水が湧いている所が見える。そこからホースをたどって、裏のタンクに水が貯まる。そして水道管を通ってうちの蛇口に繋がっているというのが全部見える。

水のこともそうだけど、火鉢でお湯を沸かしたりとか。20分ぐらいかかるんだけど。でも、都会だと見えない所がここの生活ではちゃんと見える。それは大きいと思う。原始的な生活って魔法に溢れている。綿から糸を紡いだりとか、味噌が出来るとかね。

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両極端な感覚を持っていたい

音楽的な事で言うと、そういう生活によって演奏がどんな風に変化をしたのか、言語化するのは難しい。もともと、生活のスタイルとか関係なく常に変化し続けていると思うし。もちろん生活と音楽って直結しているから影響を与えているのは確かだけど。音楽というよりも、音に対しての接し方とかもそんなに変わってはいないと思う。頭を使ってやるよりも、身体を使ってやるようになってきているかもしれない。歌い方とか、より肉体的な音との関わりが増えてきている。

こういう生活をしているけど、山奥に閉じこもって個人的な実験だけをしていればそれで満足かと言うと、そういうのでは全然なくて、都会的なジャンキーなモノにも憧れがある。両極端な感覚を持っていたいと思う。薪ストーブと最先端の洗濯機と両方を取り入れたいというような感じ。

正直、オーガニック系とかナチュラル系とかそういうスタイルみたいなのにはうんざりしているし、コミュニティとして同じ意見が集まってしまうのは嫌だなと思っている。結局、自分がちゃんと考えていなくても、自分と親しい人の意見をすぐに信用してしまう。それでは意味がない。田舎に暮らすか、都会に暮らすかという事ではなくて、ちゃんと考えて選んでいるかいないか。ちゃんと考えて東京を選んで、その生活をすごく楽しんでいる人には魅力を感じるし。

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(写真左:鈴木ユキオ × 藤田陽介「表裏」より 写真右:鈴木昭男 × 藤田陽介「 ね 」より *写真|田川友彦)

生活から生まれる音楽、音楽と共にある生活

自宅でイベントをやる時に、パートナーの手仕事のもの、柚子胡椒とか、そういうものが物販で結構売れるんだけど、それは何か良いなぁと思う。CDと柚子胡椒が 物販コーナーに並んでるとか面白いよ。この生活はお金を使わないかわりに時間を使う生活。だからそういう生活からどうやってお金を生み出すのかが課題。

自宅でイベントをすると、東京からのお客さんが半分以上で、あとは藤野のお客さんって感じかな。30人ぐらいでいっぱいなんだけど、同じぐらいの規模でも都心だとお客さんを集めるのって大変。でも、こっちだと結構すぐに予約が埋まる。一つのイベントでも別の所でやるより作り込める。思い切った事が出来るし、ゲストのアーティストとも合宿みたいな感じで準備も出来る。普段生活してる場所でもあり、制作している場所で、その人の演奏を見れるっていうのは贅沢な事かもしれない。みんな、見たいんだろうなと思う。

何かこういう田舎の生活で、困っていることも言いたいんだけど、あまり無いんだよね。そう、何が困るって、ガソリン代かな。ライブ一つやるのでも交通費がかかる。次は燃費の良い車が欲しい。今乗ってる車の時は見た目しか考えてなかった。そういうのは凄く変わった。

でも、水が無いっていう体験も、一般的には困る体験なのかもしれないけど、僕は嬉しかったんだよね。畑で猪に遭遇したことがある。バーっと一瞬こっちに向かって突進してきて、向かい合って目が合ったんだけど、生き物と生き物で対峙した感覚があって、それが凄く嬉しかった。不便なことを割とポジティブにとらえている。結局困る事が好きなのかもしれない。自分の出来ないことに手を出す。そして困るのが楽しい。怖い時とか音に鋭敏になったりするでしょ。それと一緒で、身体のいろんな感覚が開いていく。

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インタビュー前に一緒に食べた昼食のお味噌汁、そしてインタビュー後に飲んだ珈琲の味がとても印象に残っている。とても美味しかったのだけど、それ以上に如何に普段飲んでいる水が美味しくないのかということに、改めて気づいて、それに愕然とした。普段は、水道の水で珈琲もいれるし、味噌汁だって作るけど、それで水が不味いなとは思っていない。でも、藤田陽介の家で飲んだ珈琲は全く違う味だった。味がまっすぐに舌の上から身体の芯へ通り抜けていく心地よさ。彼が藤野という場所で生活をし、制作をする事の意味を、納得出来た気がした。



* 藤田陽介自宅イベント「蚕の家で」 オフィシャルウェブサイト

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