先日、アルバム「祝いのうた」をリリースした森ゆにのコンサートに行った。会場は兵庫県川西市にある絹延橋うどん研究所といううどん屋さんの2階だった。1階がうどん屋、2階がカフェ仕様になっていて、頻繁にイベントが開かれている。天井が高く、窓も大きく向こう側には五月山を望む、とても開放感あふれる空間。16時開演という事で光も明るく、コンサートというよりは、友人の自宅演奏会に招かれたようなそんな気持ちだった。

まず、正直なところを言うと、今回のこの新しいアルバム「祝いのうた」を事前に何度かCDで聴いてはいたのだけど、いまいちピンときていなかった。間に「シューベルト歌曲集」を挟んでいるけど、前回のオリジナルアルバム「夜をくぐる」と比べると曲それぞれの印象が薄いように感じていた。掴みどころがなく、聴いているとBGMの様に流れてしまって、気づくとアルバムは終わっていた、そんな風に思っていた。

コンサートが始まって、何となく彼女の声の変化を感じた。基本的なトーンはそんなにも変わっていないと思うのだけど、密度が随分と変わったように感じた。以前は声に言葉がギュッと詰まっていて、スキが無いというか強い印象があった。ところが、今回彼女の歌を生で聴いて、スキが無い、強いという印象は全くといって良いほど無くなっていた。とても粒子の細かい砂を両手で掬って、指の間からサラサラとこぼれていくような、そんな心地よい肌触りを感じた。特に余韻というか残響が素晴らしくて、メロディーが流れそして途切れるその狭間で、ピアノの音と歌声とがほとんど完全に混じり合っていて、この空間のどこからどこまでがピアノの音で、どこからどこまでが歌声で満たされているのか区別がつかないほどだった。

途中、前作から「星のうた」が演奏されて、そうかと思う事があった。前作では彼女の中に何か明確にカタチに残したい言葉や想い、情景があって、今作ではそこの部分に変化があったのではないだろうか。もう少し聴く側に委ねるというか、彼女が演奏するピアノの音と歌声が満たす空間で、一瞬一瞬に立ち現れては消えていく、演奏者と聴き手の間の淡い感触を大切にしたかったのではないだろうか。それはとても大きな変化のように思えた。生活する者達の傍で流れる音楽、そんな言葉を思い浮かべた。終演後に、観客と出演者、会場スタッフ皆でうどんを囲んで食事をした。

そして、新しく作ったというアナログレコード版の「祝いのうた」を買って帰った。家に帰って早速針を落としてみた。CDとこんなにも違うものなのかと驚いた。夕方にコンサートで聴いたその残響が自宅の小さな空間を満たしていた。素晴らしい1日だった。