シンガー・ソングライター西森千明のアルバム「かけがえのない」のディスクレビューを書きました。

音とは空気の震えだ。発音体が何かしらの動きと共に、空気に規則的、或いは不規則的な波を与える。発音体の動きの大きさ、質、様々な条件によって、空気の波もまた、大きさや形を変化させる。空気の波は、人の鼓膜を振動させ、聴覚神経を通り大脳に伝わり音として認識される。発音体の動きも、空気の震えもやがて止まれば、音は消えていく。例えば、マジシャンが空中から白い鳩を取り出す様には、音を取り出して皆の目の前に見せて やる事は出来ない。音は消えていくのだ。

不思議なのは音楽だ。音とは本来どうしようもなく消えていくものだとしても、それらの音一つ一つを記憶の中で結び付ける事が出来る。たった一つの音が二つ になり三つになり、旋律や和音となって重ねられ、そうして紡がれたものは、確かな感触を持って音楽としてこの世に定着する。音楽とは、聴く人たった一人の 記憶の中で構築され再生される、儚く美しい芸術だ。

西森千明が紡いだ「かけがえのない」という作品。全編に渡って、ほとんど本人が演奏するピアノと歌だけという、実にシンプルな作りのアルバムだ。派手なア レンジも、豪華なプロダクションも無い。しかし、京都の田舎にある、廃校となった小学校の教室で録音されたという、この作品には、その場所の空気の震えが、とても豊かに収められている。かつてその場所で過ごした子供達の声、幾度と無く歌われた校歌までも、校舎の建物に深く刻まれていたのではないか。彼女がただ一人鳴らした音は、その場所の記憶までも呼び覚まし、とても壮大な合唱曲の様に響いている。

僕は今、学生時代の仄かな記憶と共にこのアルバムを再生している。少し胸を焦がしながら。

西森千明オフィシャルサイト