1902年生まれ。昭和の時代に活躍し、僕が生まれた1980年に没している。若いうちに妻が病気にかかって亡くなっていて、「聖ヨハネ病院にて」などの 著作から、”病妻もの”の私小説家というのが広く知られているところらしい。 ついこの間迄、僕はこの作家の事を名前さえも、全く知りもしなかった。たまたま何かのリンクに貼られたいたウェブサイトを手繰っていると「夏葉社」という 小さな出版社が紹介されているページに辿り着いた。たった一人の出版社で3年間のうちに6冊の本を出版している。そのうちの一冊が今回読んだ、「星を撒い た街」だった。

ちょっと、古い日本の書籍の装丁って良いなぁと思う事が多い。ハードカバーの本にそれを収めるボール紙の箱。今のハードカバーの書籍に掛けてあるあのツル ツルの表紙とかどうも好きになれない。あと帯もどうにかならないものかと思っている。それで、この「星を撒いた街」だけど、ボール紙の箱こそないものの、 あのツルツルの安っぽい表紙は無い。山吹色の布張りの背表紙に灰色の継ぎ表紙。そこにタイトルが銀の箔押し。読む前から凄く中身を想像させられる。こんな 本がもっと増えれば良いのにと思う。そして、そもそも本とはこういう物だったんだという事を、「星を撒いた街」に収められた幾つかの短編を読んで思った。

読み出して、始めはこの作家の独特の文章のリズム、(話し言葉の書き方だろうか)とか言葉使いに少し戸惑いを覚えながらも、途中からはそのリズムがとても 心地よく身体に馴染んでいくのが心地よかった。おそらく戦争前後の事なのだろう。作家が作品を書いた時代背景との差もあって、現代とは大分違う街並が描か れているのだけれど、それはとても丁寧な描写で、読んでいて何か水彩画の様なタッチで描かれた景色が目の前にフワッと広がって行く様な感覚がある。

グイグイと作品の中の世界に引き込まれて行くという類いの小説ではないけれど、たんたんとそしてゆっくり静かに話を読み進めて行く事が出来る。この短編集 の内一つでも取り出して読んでみると、作者の上林暁さんという人がどの様な人であったかという事が容易に想像が付く。ここ迄丁寧に誰かに想いを寄せ、言葉を綴って行ける人生というのに少し憧れてしまう。