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2009年6月25日

今日は、明日を想う。

 明日の事を考える。明後日の事を考える。一週間後の事を考える。1ヶ月後の事を考える。そうやって、1年後、5年後、10年後、20年後、50年後。友人達は元気に暮らしているだろうか。子供はいるだろうか。孫はいるだろうか。自分の住む町の事、旅で訪れた町の事、海の向こう友人の住む町の事。出来るだけ遠い地と時間の事を考えるという事は、現在の自分自身を深く見つめ直すという事ではないか。
 たった今、この時に世界ではどんな事が起こっているのだろうか。反テロの名目の元、手の届かぬ上空より無数の爆弾で爆撃され、殺戮されるイラクの市民。日本を含む他国によって不法に漁場を荒らされ、魚がとれなくなり海賊として身を立てる事になった、ソマリアの元漁師。テロを支援する悪の枢軸国と呼ばれ、経済制裁の為に飢餓で死に行く北朝鮮の子供達。森の利権を巡り多くの死者まで出し、富を外部から収奪された森に暮らすペルーの先住民。僕の、静かな日々の生活はそんな人々の上に成り立っている。
 今のような、石油や軍需から派生した産業によって支えられた、大量生産、大量消費の構造はそう遠くない未来に崩壊するだろう。いや、変えなければ、僕らの孫達の世代が幸せに暮らせる町なんて、世界中どこを探したって無くなってしまうだろう。
 僕にも何か出来る事はないのか。そんな事を考えながらも、ふと、我に返る。そう考える事自体、偽善ではないだろうか。僕は、何かを語り、何かをする程に、事の事態を知っているのだろうか。世界の遠い地の事を自分の目で見たわけではない。只、本で読み写真を見たに過ぎない。僕に何かを語る資格はあるのだろうか。それでも、考える事だけは出来る。僕に出来る事は、、、

少しずつでも何かをしながら、動きながら、学びながら、明日の事を考える事にした。
僕の出来る事は、、、
そう自問しながら今を生きたいと思う。


 結局のところ、僕に出来る事はあまり多くはないようだ。心から素晴しいと思った音楽やアートを、本当に素晴しいモノなんだと胸を張って伝えて行く事くらいしか、僕に出来る事はない。幸せな事に周りには、素晴しいモノを作っている人達が沢山いて、僕は音楽やアートの可能性を信じる事が出来る。この事を何か社会に還元していく事は出来ないだろうか?
 今年に入って、月に1回程度のペースでパフォーマンスシリーズという、ライブイベントをギャラリーで企画している。このイベントのチャージの10%をユニセフに寄付をする事にした。ユニセフは世界各地で、「子どもに優しい空間」というスペースを設置し運営を支援している。そこでは、命における様々な厳しい条件下でも、歌を歌ったりと絵を描いたりする事で、今日一日を少しでも輝ける一日にしようという取り組みが行われている。そうした活動を少しでも支える事が出来ればと思っている。
 ウチのギャラリーで企画するイベントでの集客なんて、たかがしれている。寄付の額も1回あたり数千円程度だ。その数千円をそのままギャラリーの収益にしたところで、ギャラリーの運営が楽になるなんて事はない。数千円を懐に入れたところで、結局は苦しい事に変わりはないのだ。それならば、寄付をした方が幸せの総量は増えるのではないか。その数千円が遠くの地では多くの子供達の明日への光となる。お客さんにとっても、出演するアーティストにとっても、ほんの少しだけれどイベントを通して、遠い地の子供達と関わる事が出来る。ほんの少しずつの想いを集める事で、幸せの総量はとても大きなモノになるのではないだろうか。これは皆にとって良い事づくめではないか。
今のところ(6月現在)4回のイベントを通じて、23100円をユニセフへ寄付させてもらっている。

ちなみに、23100円あると、、、
1170円でモザンビークの子供に文房具やかばんなど一人分の学用品一式。
5265円でジンバブエの子供10人分の学習教材。
15795円でルワンダで、教師ひとり5日間の研修。
22050円で早期幼児開発ケアキット。0~6歳の子どもの発達に合わせた、約50人分37種類の教材や遊び道具の提供。
等々。こんな事が出来るらしい。


 今年に入ってから特に、世界の動きが気になっていた。これは、きっとユニセフへの寄付等を始めた事が影響を与えているのではないかと思う。今の状況で、自分の目で実際に現地の様子を見る事は出来ないので、日本や欧米諸国から流される偏ったマスメディアの情報だけでなく、出来るだけ多くのソースから情報を得たい、様々な視点から現状を眺めたいと思っている。そこで、知ったのは、フォトジャーナリストの広河隆一氏が編集長を務めるDAYS JAPANという月刊誌だった。自分の知らなかった世界に衝撃を受ける。写真の持つ力を改めて知る事になった。
 現在ギャラリーでこの雑誌を定期購読している。このギャラリーを訪れる人達に、是非この雑誌を手に取ってもらいたい。世界の多様性と複雑性に触れて欲しいと思う。そこにはアートを通して感じる美しさと力強さに似た感情が浮かび上がる。


 そうして、少しずつ世界の事を学ぶうちに、もっと手の届く場所でも何か出来る事はないかと考えるようになった。前々から、坂本龍一氏が中心となって始めたmoretrees という団体の森林再生の活動が気になっていた。そうして調べてみると、大阪府下でも似た様な活動が行われている事を知った。
 少し説明すると、日本の総国土面積3800万haのうち森林面積は2500万haで約67%を占めている。ただその2500万haのうち、40%にあたる1000万haは人工林が占めている。これは、ほとんどが戦後に植えられた杉、檜、松などで、比較的成長が早く、建材等への利用を見込まれ植えられた針葉樹林だ。この人工林は成長していくに伴って間伐をしていく必要があるのだけれど、安い外国産材の影響で国内の林業は採算性が悪化し、さらに林業に携わる人達の高齢化も重なって、人工林が放置されているケースが増えている。こうして放置され荒廃した人工林を、間伐作業等をする事で広葉樹林化し、生物の多様性を確保し、またCO2の削減等の為に森林再生をしようと活動している。
 大阪府下にも約56600haの森林があり、これは府域の約1/3にあたる。このうち、規模は小さいけれど、奈良との県境にほど近い大阪府南部の千早赤阪村の森林約1haの再生のプロジェクトを大阪府とNPO里山倶楽部の支援の元始める事になった。今は荒れて光も届かず薄暗い森林だが、5年も活動を続けると見違える様な明るく生き物も多い森林になるという。普段、都会のビルの中でパソコンに向かう様な日々で、植物や他の生物と共生している事をなかなか実感出来ない。そして、僕は小さい頃から、海辺に暮らしていて、どちらかと言うと山より海の方が好きだった。山や土や木は僕にとって未知の世界だ。山林を通してどんな世界を感じるのだろう。5年後を想像して少し楽しくなる。

 間伐作業、間伐材の家具への利用、森林でのワークショップやライブなど、やりたい事が結構ある。これから楽しみだ。明後日、現地の下見に行く。

投稿者 koh : 2009年6月25日 17:13 | misc.

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コメント

そう考える事自体、偽善ではないだろうか。

そう自問自答できるところが、かっこいいですよ。行動に伴って放たれた言葉は、強く、美しいと思います。

「小さな一歩を、その先に続く目標までの
 道筋の一歩だと信じきれるかどうか」

私用で参加できない代わりに、森林レポ、楽しみにしています。

投稿者 deep forest : 2009年6月26日 02:04

森林行ってきました。
寂しい森でした。
現代の日本を生きる僕達の営みの薄っぺらさに愕然としました。
何が良くて、何が悪いのか。この活動が実際の自然にとってどうなのか。
まだまだ、よく分からない事が沢山ですが、
何にしろ、この森を自分達の生活と関わる場所だと
実感すべきだと思いました。
この森に生物の多様性が戻ればと思います。
次回は是非一緒森にいきましょう。

投稿者 koh : 2009年6月29日 18:52

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