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2009年10月30日
ピアノが来た!!

ついにピアノのあるギャラリーに。
いったい、どこへ向かってるんだ。
でも夢は広がります。
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2009年10月29日
お尋ね。
一昨日のことですが。
どなたかdocomo のケータイ(黒)を間違って持って帰ってしまった方おられませんか?
お心当たりの方、下記までご連絡を。
06.6441.6190 or tsukiyo@mumble-mumble.com
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重力と恩寵
昨日。休みの日。
寝過ぎた。午前中に予定していた事は全て飛んでいきました。
昼ご飯を食べてから、京都は同志社大学へ。
定期購読をしているDAYS JAPANの編集長を務めておられる、広河隆一氏が講演に来られる。
少しばかり、イスラエルの話があった後に「パレスチナ1948・NAKBA」の上映。とプログラムにあったはずなのに、実は映画の方ではなく、アーカイブ版というDVD30巻40時間に及ぶバージョンの序章の公開。観たかったモノとは違ったけど、イスラエルの状況を知る一つの入口として、とても貴重なそして素晴しい作品であった事には違いない。
映像を観た後に地階で開催されていた写真展を観に。
「パレスチナ1948・NAKBA」を上映するという事で、てっきりイスラエル周辺の写真を集めたものかと思っていたが、DAYS JAPAN に掲載されたモノを中心に幅広くチョイスされていた。
何より残念だったのが、展示会場の様子。会議室の様な空間にパーテーションを並べ、そこにピンで貼付けてとにかく並べましたと言った感じの展示。壁面はボロボロ。ライトもてんでバラバラにあてられている。あまりに酷い。会場にいる学生スタッフも数人でベラベラしゃべっているというありさま。写真が素晴しいだけに残念でならない。というか何だか悲しくなった。
僕のような人間では、想像する事すら難しい、今の日本とはかけ離れた状況の世界の様々な地域に足を運び、鋼の様な意志とどこまでも澄んだ眼差しで写された写真。そういうモノに対する敬意も、それをしっかりと伝えるという意志も感じられない。この写真展を企画した大学側の人間にも、設営に関わったスタッフにも、問いただしたい。しっかりと広河氏の写真を観たのかと。写真展を開くにあたって、より多くの人に彼の見た世界を伝えるという事の為に、手を抜く事はなかったかと。
一気に疲れて、対談を聴けずに帰宅。適当に入ったそば屋がなかなか美味しかった。
帰って、シモーヌ・ヴェイユの重力と恩寵を読みながらさらに打ちのめされる。「われ」を消す事の難しさ。人間の罪深さにしばし呆然。「どうか、わたしは消えていけますように。今わたしに見られているものが、もはやわたしにみられるものではなくなることによって、完全に美しくなれますように。」倒れそうになる。
僕は僕の今やらなければならない事を。
鈴木さんの展覧会「中央線」は明後日まで。ぱっと見てガツンとやられるというインパクトはないけど、一つ一つの絵に描かれた線をじっと見ていると、じわじわと景色が自分自身の体の奥へ奥へと染み入ってくる感覚。素晴しいと思う。鉛筆1本で、20数年ただただ線を描き続けてきた事に敬服。
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2009年10月25日
いま日本に必要なこと/中沢新一 X 内田樹 2
日本語のゆらぎを使いながら、バランスをとり思想の高度をかせいでいく。
外来のものを、良否に関わらず一度体内に取り込み、それから反芻し咀嚼して形成していく。その繰り返しによって独自のものを持つ。
日本人は常にきょろきょろしているなぁ、という印象。
それで良いんじゃないの。という話。
そこから、アメリカ先住民と日本人の思想が非常に似ている。という話。
オイディプスの神話の話とかも出てきたんだけど、どういう経緯だったかしら。
オイディプスってギリシアの神話よね。あれ?
そもそも、オイディプスという名の意味はフラフラ歩くとか言う意味らしい。
日本人というのは、言語からしてフラフラしていて、それは思考をもフラフラとしたものにしていて、それは結局は上手く歩けないという事に繋がる(これはオイディプスにもつながっていて。)。結局の所、日本人は未開人、言いようは悪いかもしれないが、野蛮人なのだと。そして、そういう新石器時代の思想が生きる場所に高度な近代文明を発達させた、類い稀なる例だと。
そこから、神事として発展した能の話へ。能が生まれたと考えられる、奈良県最北部の三輪山の話。この三輪山の裏手には縄文時代に遡って、多くの死者が葬られている場所らしい。その他界への通路としての能楽。
バレエや演劇、オペラ、様々な舞台芸術があるが、それらの西洋に生まれた舞台芸術との決定的な差は目線だと。自然界と目線が圧倒的に近い。バレエは地から逃れる様にジャンプを繰り返す、オペラは他からの力を恐れ声を上げ歌う。単純に見ると、体の動きとしてはグルグルと舞台を廻っているだけなのだけれど、実際に能を演じている内田氏曰く、こんなにも難しい歩き方をするものはないと。かかとに体重をかけ、つま先を上げるようにして、中腰の体制で歩く。これは否が応でもふらついてしまう。だけれど、それで良いのだという。ふらふらして個の単体では上手く歩けない。自分の周りにある様々の事物に蜘蛛の糸を繋いで行くようにして、体の動きを保ち歩いて行く。外からの影響なくしては動く事は出来ない。
途中、興味深い話。内田氏が能を学んでいる方から聴いた話。能は一度演じる事が始まってしまうと、いかなる事が起きても途中で止めてはならない。能をやる人というのは、結構歳の人が多いようで、とても重い衣装を着てやっている為に、途中で倒れてしまう人が時々いるらしい。例えそういう事が起こっても、代わりの人が出て来て、倒れた人を袖までずるずると引っ張っていき、続きを何も無かったかのように演じるらしい。舞台で主演の人が死んでも公演を続けるというのは、他の舞台芸術では考えられない事だと思う。個人の個性ではなく、もっともっと長い時間軸でみた、繋がりの中での個性みたいな話とか。
というような事からして、様々な所に穴を空けておいた方が良いよという事。外部からの影響を沢山取り入れる。コントロールしない。そうやって日本人は古代から生きていた。
で、結びは努力と報酬の間に釣り合うような相関関係があっては、人間的な本来の力は取り戻せないと。何かを他者(人だけでなく)から与えられたら、それ以上のモノもってしてお返しをする。そうすると、再度自分の所に還ってくる。仕事=給料という体系は、これだけでは人にとって健康的なサイクルは生まれない。
というような、飛び飛びのようで繋がっているような話を2時間。いやあ。面白かった。聴きながら乱雑にとったメモを振り返って書いているので、結構僕自身の解釈や抜け落ちてる部分が多数だと思う。この対談は4回連続で行われるみたいで、来年には角川書店から対談をまとめた本が出版されるみたい。
何となく、自分の進もうとしている道が、そんなに間違ってはいないんだ、という勇気をもらいました。頑張れ俺。
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2009年10月24日
いま日本に必要なこと/中沢新一 X 内田樹
展覧会の谷間で休み。妻は体調が優れずベッド。
付き合ってた頃ってそんなにお腹弱かったっけ?
午前中は水泳。700M泳いでばてる。
昼食後急いでギャラリーへ。作品の写真撮影を数点。
サクサクと撮影を終え、今度は西宮の神戸女学院大学へ。
文化祭中で、「いま日本に必要なこと/中沢新一 X 内田樹」というトークショウを聴きに。
以下、メモ。
神戸女学院大学の立地について。
最寄り駅の門戸厄神駅から歩いて住宅地抜ける。
少し北へ向かって、校門まで辿り着くと、突如として丘が現れる。
この丘は正門から東西を壁のようにして広がっていて、風水的に見るととても良い立地なのだそう。
正門を朱雀に校舎側を玄武、鬼門は岡田神社、裏鬼門は門戸厄神に押さえられているという。
ここで、中沢氏。
かつて、縄文時代の日本というのは、今より気温が高く海もずっと高い位置にまで来ていた。現在の丘や小高い山なんかは、かつてほとんどが海に面し、先端は岬の様になっていて、そういう、突端という場所は、生と死の境界として神を祀る場所になったという。そして、そこには後々神社が建てられて行く。そのように神社の立っている周辺は、開発もあまりされず、木々等の自然がそのまま残っている事が多い。この神戸女学院大学も正にそういう典型のような場所。
というような土地の話が入口に。
そして、こういう対談は話がどんどんと横にずれて行く時が面白いよね。と。
これは、正しくいわゆるおばさんのしゃべり方だと。
今必要なのは、こういう「男でおばさん」的な人ではないか。
この二人でしゃべっていると、どんどん横にずれていきながらしゃべれて、とても相性が良いらしい。
前回この二人の組み合わせで対談をやった時に佐野史郎氏に、目をつぶって聴いていたら一人のおばさんがしゃべっているみたいだったとの感想をもらったとか。
そこから、少し日本語が話題に。日本人の特性はまず、日本語がけいせいしている。
地理的に見ても日本は辺境だけど、言語的にも辺境で、とても特異な構成になっている。
外来語であるはずの漢字が、土着語であったはずの仮名文字より優位に存在する。
これは、日本の特質を非常によく現している。
だから、日本語で哲学の話を書く場合でも、哲学の言葉だけで書いていても、日本の中ですら広がっていかない。
日本語であるはずの言葉で書かれたものを、平易にさらに訳さなければ多くの人に伝わらない。英語ではそんな事はあり得ない。哲学であろうと何であろうと、英語で書かれたものの、その文章を平易な英語に直すなんて事にはなり得ない。
というように、日本語だけをとってみても、日本という国は非常にハイブリッドに構成されている。
さらに、橋(はし)の話に。
日本では、橋も端も箸も、はしと発音する。意味をたどると、漢字だとそれぞれ全く違う形をとっているが、意味合い的にどれも似通っていて、いわゆるedge (エッジ)を現しているのだろう。
ヨーロッパ的には、都市と都市とを繋ぐ橋(bridge)も、日本的には、橋=端だったのだ。
ヨーロッパ的な絵画なんかを見ると、画面の中央に橋が描かれていても、手前にある街も、橋の奥にある街も割とどちらもはっきりと描かれている。
ところが、日本の絵だと、橋が描かれるとその先は何となくボンヤリと霞んで描かれていて、はっきりと描かれていない。自と他を分ける線が曖昧になっている。(この辺りの事は先の岬の話にも通じていて。)
ヨーロッパ的な典型でいうとそんな事はあり得ないらしい。
これは、日本の哲学と西洋の哲学の違いでもある。
結局、言語という部分だけとってもこれだけ違うのだから、西洋のやり方を真似してやっても上手く行くわけがない。
日本という国は、岬で形成された文化を持っていて、今こそ再度、岬に立って世界を眺めるべきではないか。
なげー。まだ半分くらいしか整理できてない。
続く
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2009年10月22日
更新情報。
next 20's project のページを更新しています。
レビューを少々。
展覧会のレビューを書くのがなかなか難しい。
その時読んでいる本に影響を受けたりとか。
でも、展覧会のその時には見えていなかったものが、写真を撮影して、レビューを書いていると見えてくる事がある。
あぁ、そういう事だったのか。と。
とにかく、僕は記録する事。そして、作り手の気持ちにできるだけ寄り添う事。
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2009年10月21日
寄付の報告

先月のパフォーマンスシリーズでの売上のうち一部をユニセフに寄付させて頂きました。アフリカの子供たちの為に使われる予定です。
この1年で、6回のパフォーマンスシリーズのうち5回分の売上の一部を寄付させて頂きました。恐らく、2009年のパフォーマンスシリーズはこれで終了だとおもいますので、一応報告として。
1回目 2100円
2回目 15200円
3回目 3400円
4回目 2400円
5回目 5000円
合計 28100円
多くの方のご協力に感謝いたします。ギャラリーでの活動が、遠くアフリカの地に繋がっている事を想像すると、少しばかり心が穏やかになるように思います。
また、来年も継続して何かしら、直接自分の生活の事とは離れた場所で、お金を使う事が出来ればと思っています。
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2009年10月19日
音楽のある一日。
ジーンズメーカーのBIG JOHNが70周年を迎えるようで。
それに伴って、ウェブサイトが特別仕様になるみたいで、そこのPV用に音楽を付けるお仕事。と言いつつ、実際の制作はwater water camel のギターの玄さんが。早く、的確なお仕事で、今日にも完成予定。明日納品。
来月の展覧会の打ち合わせ。「みちくさ」。さすがチャンキーさんは良い絵を描きはる。
ノスタルジーですか。
「構成とか、編集はまかせるわ〜。」「あ、フライヤーもまかせるわ〜。」と。
それなりに、プレッシャー。でも、ま、元が素晴しいので、どうとでもなるというか。
渋谷慶一郎の新作「for maria」を購入。電子音響の最先端みたいなところをひた走っていた彼がピアノソロでアルバムをリリースしていた。
数年前に結構好きで良く聞いていたのだけど、久しぶりにどうしてるんだろうと思って、ホームページを見たら、去年の夏に奥さんを亡くされていた。今回のアルバムはその後に作られた曲ばかりを収録しているよう。
淡々と流れる美しいピアノの音に胸が詰まる。11月1日に京都へコンサートを聴きに行く予定。
いくつか、やらなければならない事を残しつつも、どうもギアがあがらない。
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2009年10月17日
呼称について。
展覧会を開催中、僕は奥の部屋の事務スペースにじっとしている。
お客さんが入ってきて、「この絵を描いてらっしゃる方?」とか聞かれる。
「いえ。僕はこのギャラリーを運営していまして、、、」とか
「いえ。ここのスタッフです、、、」
とか、答える。
僕は何者なんだ、、、
ギャラリーオーナー、キュレーター、ディレクター、イベントオーガナイザー、プロデューサー、、、
どれもピンと来ない。
いつの日か
「わたしは、○○です。」と端的に言える時が来るのだろうか。
芸術家、音楽家、文筆家、思想家、映像作家、憧れるな。
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william kentridge → 高木正勝
この前の水曜、ギャラリーが休みの日。
午前中早めに起きて、ご飯を食べてから1時間程水泳に。3週間ぶりだと、やはり泳ぐペースが落ちている。何事も継続する事が大切なようで。本当は週に2回くらいは行きたい。
お昼ご飯はサンドイッチとキッシュを食べて京都へ。友人が出展しているグループ展を見に京都市立美術館へ。初めて彼の作品を観た。ロマンチックな光を写す人だな。澄んだ感じ。ちゃんと個展を見てみたい。
その後、近くの近代美術館でやっていたWilliam Kentridgeの展覧会を見る。南アフリカのヨハネスブルグ生まれの作家。主な作品は木炭やパステルを使って制作されたドローイングアニメーション。それに実写を組み合わせたものとか。展覧会では他にもスケッチや版画等。南アフリカの歴史や社会状況が色濃く描かれている。アパルトヘイトによる痛み、西欧中心主義への批判を感じる作品が多い。
とか、そんな事を抜きにして、いや抜きにする事等出来ないくらい、ごく自然に溢れ出ているのだけど、本当に素晴しい作品ばかり。物事をしっかりと見つめる視線、感じたものを偽りなく1コマ1コマ作品に落とし込む姿勢。物凄くストイックに日々制作していなければ作れないような作品ばかりだし、取り組んでいるテーマがテーマで、さらには、使われている色はほとんどが木炭の黒でという、作品が暗く閉塞的になってしかるべき、とか思うのだけど、全くそんな事はなく何故かポジティブな、人間が本来持ち得る生の力強さ、美しさを感じる作品ばかり。恐らくそれが成せるのも彼が持つ、溢れんばかりのユーモア!!のおかげだろう。漏れるは感嘆の溜息。危うく涙をこぼしかけた。素晴しい展覧会だった。この1年見た展覧会の中では間違い無くベスト。
その後、京都みなみ会館へ、高木正勝のコンサート「Tai Rei Tei Rio」を追った、ドキュメンタリー映画の「或る音楽」を観に。映画としてはいろいろと言いたくなる部分はあるのだけど、音楽の生まれる瞬間をかすめるくらいには、とらえられているんじゃないだろうか。この映画の公開に先だって発売されたCD+神話集、それからこの映画。CDだけ聴いても、何となくボンヤリとした感覚しかつかめなかったが、この映画を観てはっきりと伝わってきた気がする。やられた。同世代を生きる一人のアーティストに、少しばかりの嫉妬。
ここの所、次から次へとやってくる、イベントに展覧会で僕自身が何だか少しカスカスになっていってる気がしていた。いつの頃からか自分自身に問うようになった、芸術とは、音楽とは、この混沌の世界と時代に有効なのか、という問いがここのところ僕の中で膨れ上がっていて、何だか身動きがとれないような気持ちになっていた。この日見た、展覧会と映画に少しばかりの、でも、確かな勇気とエネルギーをもらった。感謝。僕も頑張ります。
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2009年10月11日
日々是停滞
ここのところ、どうもブログの更新がおろそかに。
気になることや、考えることはいろいろあるのだけど。
相変わらずの集客力の無さ。アーティスト頼りになっている。
ギャラリーの集客力を上げるにはどうしたら良いかな、とか。
僕が思う以上に、音楽といわゆるファイン・アートと呼ばれる種類のモノの間には壁があるらしい。
オバマ大統領がノーベル平和賞ってどういう事だ。
今もアフガニスタンでは、アメリカの空爆等による侵略で、幾人もの罪のない人々が亡くなっている。
かつて原爆を投下し30万人にも及ぶ人々を殺戮し、未だ謝罪もせず、12000発もの核兵器を保有する国の大統領が、いつの日か核を廃絶しようと発言しただけで、ノーベル賞をもらえるのか。
しかし、広島の市長や長崎の市長を始め、多くの人がオバマ大統領のノーベル賞受賞に好意的な様子。
アフガニスタンの市民、イラクの市民はこのニュースをどう思うのだろうか。
えらく偏った視点のみが取り上げられている気がしてならない。茶番だ。
いろいろと音楽を聴くも、なかなか耳に届かない。
いろいろと本を読むのだけど、なかなか頭に入ってこない。
これは、停滞しているのかしら。
人間とは本当に欲深い生き物だ。
お金、名声、、、
下らないと思いつつ、今よりもう少しは欲しいな、と思ってみたり。
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キルケノハナシ@神戸
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