100年後の未来に残したいモノ

西絢香

1987年生まれ、関西を中心に活動するアーティストだ。彼女は木片やガラス片、石、様々な種類の廃材や、拾った物を組み合わせて、実に詩的な作品を作っている。月や星、遥か遠い所にある天体、そしてそれとは反対に、家や舟、自分の手で触れられる程身近にある様な物、その両端を右手と左手でもって、すっと手繰り寄せて作品のモチーフにしてしまう。

西絢香は、物語の人だ。物語とは言葉を連ねる事のそれではなくて、物が語る、“モノガタリ”だ。彼女の作品を見ていると、かつて存在していたのかもしれない誰かの、ささやかな愛の言葉が聞こえてくる。普段気にも止めずに素通りしてしまう様な物から、とても小さな声を聞き取り、その言葉を形にして、僕達の目の前そっと差し出してくれる。そんな彼女が100年先の未来に残したい物とは何だろうか?過去から未来へと繋がる物語を聞いてみたいと思った。

幼い頃の事、家の中と学校とのギャップ。

幼い頃の記憶は、自分の家よりも旅行先の事の方が記憶に残っている。山梨のおばあちゃんの家での事。4歳か5歳頃。一人では降りない様にと言われていた、おばあちゃんの家のとても急な階段。一人でその階段を降りようとして落っこちて、階段下の壁と階段の間の狭い空間にはまり込んで、そこから隣の部屋の畳を眺めていた。そんな光景が一番始めの記憶かな。

小さい頃はおしゃべりで、思ってる事とか、今の出来事とかをいちいち全部しゃべっていて、家族からよく超音波みたいとかって言われていた。何だろう?超音波みたいって。声が高くて変な声だったのかな。まぁ、でも実は人見知りな性格で小学校に入ってからは大変だった。皆の前で発表したり、皆で遊んだり、そして何より給食の時間が一番嫌いだった。決められた班に分かれて向かい合って食べないといけないとか、本当に苦痛だった。友達も少なくて暗かったし、小学校は本当に嫌だったという記憶があるんだけど、今度は逆に中学時代は全然記憶が無い。

美術との偶然の出会い、きっかけについて。

小学校、中学校とあまり楽しくなくて、地元の高校に行くと、またあまり楽しくならないだろうなと思った。かといって勉強が出来るわけでもなかったから進学校にも行けないし、どうしようかなと思っていたら、ある日母親が、「こんな学校もあるよ。」と美術系の高校の案内を持ってきてくれた。中学3年の夏にその高校の体験入学に参加してみたら、それが凄く楽しかった。そこから慌てて画塾に通ったりした。今までちゃんと絵なんて描いた事もなかったし、デッサンって何?っていうような状態から始めたんだけど、でもちゃんと描いてみると凄く楽しかった。そんな、本当にたまたまのきっかけで美術の世界へと入っていった。

高校は制服も無かったし、自分のやるべき事は自分できっちりやりなさい、という感じでとても自由で楽しかった。周りは上手な人達ばっかりだったし、ド派手な変わった格好をした先輩が居たり、カルチャーショックを受けた様な感じだった。もともとは、よく喋る様な性格だったし、高校に入ったらとにかく中学校時代迄の自分を変えたかった。美術系の高校ではあったけど、そんなに美術を意識してはいなかった。美術館が楽しい所なんだと思えるようになったり、やっとスタートラインに立ったというぐらい。それよりも、とにかく学校が楽しくて仕方がなかった。高校3年間を過ごして、周りは美術が本当に好きな人達ばっかりだったし、自分はこんな風にしたいという様な、何か意志を持っているというのが普通だったから、美術とはそういう世界なんだろうと思った。当時の自分は、そういうのを、外側から眺めて憧れている様な、そんな感じだった。

周りと自分とのギャップ。その外側へと世界を広げる事。

でも、実際に美大に上がると期待していた様な感じではなかった。皆普通の高校から美大に来てたし、これから美術を始めますという様な、言ってみれば私の高一の時の様な状態だった。そんな周りとギャップを感じる状況で、初めて美術とかアートとか、自分の表現したい事、作品を作るとはどういう事なのかみたいな事を考え始めた。それで、考えれば考える程、周りとのギャップの大きさを感じたり、先生にまでつっかかったりして、フラストレーションを抱えていた。自分を見失いそうになって、一旦休学をした時に一つ大きな出会いがあった。休学中に、物を一から作っている人を見てみたいと思った。物を一から作るって何だろうかとか考えて、野菜だったら種から作っているし、一から何かを作ると言うのは畑だな、とその時思った。それで、調べたら援農ボランティアというのを募集している、若い女性が一人でやっている農家さんを見つけた。おばあちゃんの家のある山梨だったし、何だか少し安心して、2週間程の間だったけど、そこへ行く事にした。そこで出会った人達を含めて、学校の外にも世界が広がっているという事を本当に実感した。休学した事によって、学校との良い距離感が分かったり、友達とか周りの事も気にならなくなったり、大分余裕が出来た。何かを表現したり、物を作るのに、型にこだわらなくても良い、と思えるようにもなった。

日々の生活を暮らす事と、作品を制作する事、どこに重心を置いているのか。

自分で物を作ると、自分の想いが入り過ぎてしまっていて、野暮ったく感じてしまったり、これは少し違う話かもしれないけど、現代アートとかだとうるさいなと感じてしまう。沢山売るためには、説明ばかり増えていくし、より目立とうと思うと声ばかりが大きくなっていく。最近、身近な事で色々とあって浮き沈みが激しかった。自分の作っている物とか、経験とか、いざという時にちっとも役に立つ事がない。本当に無力で、でもそれを知って、学ぶ事もあって、全然違う分野の事を学んだりして、それは楽しいと思える。そんな時に、やっぱり自分は何よりも作品作りを優先するのじゃなくて、生活が落ち着いていないと作れないし、暮らしを犠牲にせずに作れる物を大切にしたいと思う。

発掘の仕事(*1)をしていると、縄文土器とか本当に古い物をずっと触っていて、その時代で形が既に完成しているんだと感じる。これ以上、自分が何か新しい物を生み出す必要があるのか、と思う。今は、縄文時代の物を触って面白いと感じたのと同じ感覚を、別の方法で何か表現出来るんじゃないかと思っている。例えば、自分で何か新しい物を作らなくても、自分が面白いなとか良いなとか思って拾って来た物を分類して標本の様な物を作ってみたい。それだけで、何か伝える事が出来るんじゃないか。

瀧口修造(*2)という作家がいて、彼は色んな作家たちからの手紙とか作品とかの贈り物、拾った石、自分の描いた絵とかを全部まとめて、物が自分の元に漂流して来ているという感覚でコレクションしていて、そこに共感する所があった。

100年先の未来に残したい物について。それは、誰に何を残す事なんだろうか。

100年後って考えた時に、実はそんなに先の話じゃないんだって思った。自分に子供が出来て、またその子供が生まれて、だから孫が生きている間ぐらいの話。そう思うとそんなに遠い未来の話じゃない。そしたらあまり適当な事も言えないし、何を残したいんだろうと考えたら、「浪漫」を残したいなと思った。

今、亡くなったおじいちゃんの物(*3)を色々と整理していて、出て来た物を見ながら、これは何だろうとかって想像しているのが楽しい。これは、こんな風にして使ったのかもしれない、これはあんなだったのかもしれないと、考えている方が楽しい。これがもし、美術館みたいに、色々記録が残っていて、説明書きみたいにキャプションが付いたりしてたら、作品になってしまって、「へぇー、そうなんだ。」で終わってしまいそうな気がする。何だか良く分からない物、そこに浪漫は生まれるんじゃないかと思う。自分も孫に、そんな風に浪漫を感じてもらえる様な物なら残しても良いかなと思う。

(*1) 遺跡から出土した土器等の実測図という図面の作成をしている。
(*2) 瀧口修造: 1903年生まれ。近代日本を代表する美術評論家、詩人、画家。
(*3) 「おじいちゃんの物置から出て来た天体の標本」という架空のテーマで作品を制作している。

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  1. 2014年 8月 09日

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