100年後の未来に残したいモノ

渡部真由美

彼女は、wassa という名前で活動している。関西を中心に国内外で数多くの展覧会を行っている。2013年に限って言えば10を超える個展、グループ展で作品を発表している。イラストレーターとして、様々なメディアへの挿絵の提供も多い。
これまでに、何度か彼女の展覧会に足を運んではいたけれど、あまり話をした事はない。作品から受ける印象、静かで少し奇妙な、おとぎ話の中の様な世界。それは、一体彼女のどの様な感覚から生まれてくるのか。1時間半程のインタビューを通して、色々と聞きたい事を並べてみた。しかし、どうも彼女が描きたいと思っている世界の核心には、触れる事が出来なかった様に思う。
いや、そもそも、自分自身の事だってはっきりと語れる程に知っているとは断言出来ない。誰か自分以外の人間の信じる物を短いインタビューの中で捉え切る事なんて出来ないだろう。彼女は、根拠がなくとも個々がそれぞれに“何か”を信じる事が必要だと言っていた。wassa の描く世界の入口ぐらいには立てたのかもしれない。これからも、機会を見つけて、話を聞いていきたいと思う。
100年先の未来にどんな物を残したいと思っているのだろうか。

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幼い時から繰り返しフラッシュバックの様に見てきた光景。

これが、一番はじめの記憶と言えるかは分からないけど、赤ちゃんの時の記憶なのか、人の頭がウワーっと一杯あって、自分が四方八方から覗き込まれている光景。とにかく、それはとても恥ずかしくて、何とも言えない気分。知らない人の集まりの中にポツンと居たり、沢山の人に見られたりする状況になると、そんな光景が感情と一緒に蘇ってくる。最近は減ったけど、10代前半はそういうフラッシュバックみたいな事がよくあった。
これも、記憶とは違うけど、一人でぼんやりしている時に、平面に線で描いた様なちょっと変なキャラクターの女の子もよく出て来ていた。想像しているというのとは違って、今実際に見ている世界とは別に白い空間があって、そこでチョロチョロ動いているのが見えている。確かにそこにいて動いている。最近はあまり出て来なくなったけど、今でもその女の子の事を思い出す事がある。

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記憶に残った事、忘れてしまった事。

私が小さい頃、母親も働いていて、仕事に行く母親に手を引かれて駐車場のジャリ道を歩いている。母親の仕事場にあった託児所に預けられていて、そこから眺めていた、母親の仕事場の光景とか、そんな事を覚えている。
両親とも働いていて留守番をする事が多かったし、寂しかったのかな。壁にクレヨンで落書きをしたり、観葉植物の葉っぱをむしったりして困らせていた。
小学校から高校まで、あまり覚えている事がない。絵を描いたり、何かを作ったりするのはずっと好きだったから、図工とか美術の時間が好きだったけど。
学校は別に楽しいわけでもなく、行くものだと思って行った。高校受験の時に美術系の学校を受験する事も考えたけど、先生に反対されて、言われるがままに地元の高校に通った。何も考えていなかったのだと思う。

「デザインなのか、芸術なのか。」自分の作りたい物は何か。

高校を卒業して、絵を描く仕事に就ける様な勉強がしたいと思って専門学校に行った。その頃は、絵を描く仕事=グラフィックデザインだと思っていて、グラフィックデザイナーになりたかった。専門学校は楽しかった。2年目の時に、グラフィックよりも、何か立体物とか実際に物を作りたくて、雑貨デザインコースに入った。商品を企画したり、雑貨デザイナーになる事を考えていた。
学年最後の先生達の前での発表の時に、かなり悩んで、畳の上に小さな女の子の顔を描いた108体の起き上がり小法師を並べる作品を作った。その時ある先生に「それは芸術なのか、デザインなのか。」と聞かれて、商品にはならないだろうから、芸術です。と答えていた。雑貨デザイナーになりたかったはずなのに、専門学校の最後の最後にそんな物を作っていて、今思うと矛盾していますね。
専門学校を卒業してからは、鞄の企画・制作をしている会社とか、雑貨屋さんとかいくつか働いた。色々言われる事を完璧にこなしたいんだけど、それが上手く出来ない。自分で自分を追いつめてしまって、どれも長続きせずに辞めてしまった。仕事に行って疲れて帰ったら何も出来ない毎日で、やっぱり自分で物を作りたいと思った。

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絵を描き出したきっかけについて。

ある時、作っていた雑貨を京都にある智恩寺の手作り市に出す事になって、その時に好きだった作家さんが、自分の作品をいくつか買ってくれた。その事がきっかけとなって、アートハウスというギャラリーで展覧会をする事になった。
やっぱり雑貨だけだと物が小さいくて空間が埋まらないから、どうしようかと考えて、絵も出してみる事にした。そんな風にして、ちゃんと絵を描きだした。そして、絵を見せてみると、意外と反応が良かった。それからは、あまり意識せずに、自然と絵に比重が移っていった。
あまり見てもらいたいとか、分かって欲しいとか、人にうったえる為にやっている感覚はなくて、それよりも、ただ絵を描いているのが好き。
デザイナーは、求められる物を作らないといけないけど、私にはそれが出来ない。今ならそれが良く分かる。挿絵の仕事も、大分慣れたけど、こんな事をやっていて良いのかなと、疑問も少しある。ただ、ちょっとでも、これは行けるのかどうかというのを、実験しながら描いてはいるけれど。

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100年先の未来に残したいモノ

最初は100年後って、絶対自分は死んでるし、自分の死んだ後の事なんてどうでも良いとおもっていたけど。でも、よく考えると100年後ってそんなに先でもない。
残るものは残るべくして残る。だから、そうではなくて残そうと思って残したい物ってなんだろう。で、思ったのは、土地毎に残る言い伝えとか、地元信仰とか迷信だとか、根拠のない信じられているもの。夜口笛を吹いたら蛇が出るみたいな。そういうものが残れば良いなと思う。それは、人それぞれで良くて、別に誰かが勝手に作り出した物でも良い。根拠は無くてもそれぞれが勝手に信じている物、そういうのが少なくなると、だんだん皆が同じ人間の様になってしまうんじゃないかと思う。
自分の絵が特に残って欲しいとは思わないけど、宗教的な何かと自分の描きたい物は近くにあるかもしれない。

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  1. 2014年 8月 09日

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