『未来圏』より

芸術企画室・月夜と少年は、2020年春にウェブメディア『未来圏』を再始動させます。今、またアーティスト達の言葉から、未来圏に吹く風を感じてみたいと思うのです。

私たちは、10年前に比べても猛烈なスピードと量の情報に日々追われています。幾千、幾万もの、「今」「ここで」「私が」感じている事で、この部屋の小さな隙き間まで埋め尽くされていくような感覚です。時に窒息しそうな息苦しさは、いつから感じていたのでしょうか。

2011年、あの大きな地震と原発の爆発は、私がただ一つかろうじて信じてきた世界を大きく揺さぶりました。芸術は、音楽は、この世界に有効な表現活動なのでしょうか。半ば何かにすがるように、身近にいるアーティスト達に「100年後の未来に残したいモノは何か?」と聞き始めたのです。

彼らの発した未来への言葉は、私にある確かな重みを与えてくれました。未来へ想いを馳せる事は、やはり希望です。「今」「ここ」ではない彼方へと想像力を向ける事。そして私たちのいない、遠い未来に想いを繋いでいきたいと、そう思うのです。

『未来圏』とは宮沢賢治の言葉です。

生徒諸君に寄せる / 宮沢賢治

中等学校生徒諸君
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である

諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか

今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や特性は
ただ誤解から生じたとさへ見え
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ

むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ

諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ

宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか

新たな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ

新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て

衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ

新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ

新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至り
透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ

おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少くとも千人の天才がなければならぬ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである

潮や風……
あらゆる自然の力を用ひ尽くして
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ

ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか

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